ケンケンの夢飛行

シッペイです。性別-男。特徴-食いしん坊。趣味-街めぐり、スポーツ観戦。誕生日1月20日。友達のジュビロ君。仕事は市やチームのPR☺

シールドマシンは今、我が家の横に居ます

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地下30mの所を掘り進んでいる「モグるん号」のモグラ君は今、我が家の横に来ています。
一週間少し前から音が聞こえ始めましたが、今や朝7時45分から夜10時頃まで稼働しています。
ドンドンドンと花火のような音と振動がやや有ります。
近所からの苦情が多いと機械を停めて、専門係り員が各家庭を廻って謝りと説明に来ます。
謝られても、説明されても建設は進んで行きます。
「モグるん」号が居る現在位置表示板に係り員が居ます。
苦情対応の電話☎番号もチラシで配布されています。
早く行き過ぎてくれないかと気を揉んでいますが、現在、上り線工事で1年後には下り線工事で又、やって来ます。!!
全て片付くのは4〜5年先との事。

家の二階からの写真。
モグるん号の現在位置の看板が見えます。
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ベルギー&オランダの旅⑥

オランダ南東部、中世の街「マーストリヒト」紀元前ケルト人が住み、その後ローマ人が街を造った。
街はマース川に沿うように広がっている。
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マルクト広場の中央にあるのは市庁舎・完成は17世紀随所にマーストリヒトの紋章である星★のマークがあしらわれている。
左右対称に造られていて、この事はマーストリヒトが長い間、二つの勢力によって治められていた事を物語っている。
現在のオランダからベルギー側に位置する領土を持っていた「ブラバンド公」と司教により13世紀からおよそ600年にわたって2つの勢力が共有する街であった。
この街がオランダ領となったのは19世紀に入ってからのこと。
その為かマーストリヒトは他のオランダの街と比べて何処か違った雰囲気がある。
城壁にぐるりと囲まれた城塞都市であった。
壁が出来たのは13世紀のこと。
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旧市街で一番広い場所
フライトホフ広場
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「聖セルファース教会」6世紀からの歴史があり、街で最も古い教会。
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マース川の側は「聖母教会」
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書店「セレクシーズ・ドミニカーネン」この本屋は元々は13世紀に建てられた教会だった。
18世紀にナポレオン軍によって街のあちこちの建物が焼かれた。
その後、それらの建物を壊さず焼け残ったのを利用している。
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13世紀に建てられた「聖セルファース橋」マーストリヒトとはラテン語で「マース川の渡し」という意味。
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ファルケンブルグ」
保養地として良く知られている。
温泉が有り。
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ファルケンブルグ城
12世紀からの歴史を持つ。
17世紀にフランスの侵略を受けた時、土地の領主は自らこの城を壊した。以来、現在まで再建される事は無かった。
この城の特徴は黄色い石が使われている。ファルケンブルグ特産のマール石
ベルベット洞窟はマール石の採掘 場。石肌には貝の化石が多数残って いる。
マール石は石灰岩の一種。
洞窟の全長は30kmとも言われ、迷路のようになっている。
ファルケンブルグの街の建物はほとんどマール石で建てられている。
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「フーンスブルック城」
13世紀に建築が始まった。
その後幾度となく改築が行なわれて 現在の姿になった。
部屋の数は40以上
ファルケンブルグ郊外では最も大きな屋敷となっている。
12世紀の城
聖ヘルラッハ城
現在はホテルとして使われている。
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ベルギー&オランダの旅⑤

ハーレムの南東にあるライデンの街
人口は約11万人、ローマ時代からの歴史を持つ古い街。
16世紀に創設されたオランダで最も古い大学「ライデン大学」がある学園都市。
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「ラーケンハル美術館」(17世紀のギルドの建物を利用した)かつて織物のギルドが有った。ライデンが最も栄えたのは16〜17世紀にかけて織物業が盛んであった。
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レンブラントの作品が展示されている。ライデン生まれの彼は25才までここに住んでいた。
ライデンに残る唯一の作品。20歳の頃描かれたもの。「レンブラントの若い時の自画像」と言われている。
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ライデンと所縁の深い人と言えばシーボルト、医者であり博物学者であった。
江戸の鎖国時代に長崎にやって来て約5年間暮らした。
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト」オランダに戻って日本の日用品、芸術品、武具、植物、動物の標本等を持ち帰って日本の事を研究した。シーボルトの集めた資料が日本研究の礎になった。
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圏央道(横浜環状南線)建設進む

4月2日圏央道建設シールドマシン「モグるん」号は既に我が家の所まで来ました。
連日、太鼓音のような響が五月蝿いです。
この下30mに居て掘削工事をやっています。
西向き方向
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東向き方向
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現在の生活道路(上り)西向き
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現在、モグるん号は此処に居ます。という標識。作業員(仕事はしていない)も立っています。
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公田(くでん)IC付近
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圏央道(横浜環状南線)建設進む

2022年3月31日現在、高速道路の圏央道。「横浜環状南線」(横浜.桂台地区)の建設がかなり急ピッチで進んできました。
桂台地区が一番遅れているのですが、いよいよ我が家に迫ってきました。
圏央道は地下30m(地表からだが、原宿~六浦線(環状4号線)のこの辺で一番低い場所❓)の所を掘削してトンネルになります。
その上を一般生活道路が通るように建設される予定です。
シールドマシンにより、上り、下り、で桂台トンネルは1320mを往復して掘削されます。
現在、上り線側で我が家側を掘削しているのですが、1日14~15時間稼働しています。
2時間掘削して、1時間シールドで固める?
その1時間は掘削停止で静かです。
月曜日から土曜日迄稼働する予定だそうです。
1日7~8m位進むそうです。
一週間程前から音が聞こえ始め、現在ははっきり振動を伴うような感じで以前は遠くで花火💣➰🎆が鳴っているような聞こえ方でしたが、今では太鼓を叩いているような「ドンドン」というテンポと音です。
まだ、片側を掘削中だから、又、戻って来る時煩くなるのでしょう。
一般生活道路の方もトンネルですが、我が家の所で外に出て来る半地下形式となるので少し嫌ですね❗
シールドマシンの「モグるん」の現在位置の地図(国土交通省関東地方整備局横浜国道事務所と東日本高速道路株式会社、関東支社横浜工事事務所のホームページより)は3月28日時点のものですから、今日はもっと我が家に近づいています。
我が家は地図上(拡大して見て下さい)「上り線」と記された「線」の部分の所です。

この下を掘り進んでいます。
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話は変わって先日の火曜日にテニスで右足太ももの裏側が軽い肉離れをおこしました。
普通に歩く🚶ことは出来ますが、急な駆け出しは無理です。
安静にしておくのが一番(急がば回れ)でしょうが、昨日、今日と軽く?テニスをやってしまいました。
火曜日から日曜日迄ずっとテニスはあるのですが、少しは休養した方が良いかな‼️
まあ❗明日は明日の風が吹く⁉️
足の太もも裏側(膝の裏)
気持ち悪い!
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ココちゃん何処みてるの!
食べ物無いよ!
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ベルギー&オランダの旅④

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フランス・ハルス美術館
マルクト広場に面した大きな教会は15世紀にゴシック様式で建てられた。
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カトリックの「聖バフォ教会」
パイプオルガンのパイプの数は約5,000本、18世紀に造られた世界有数のパイプオルガン
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ボーダー・マルクト広場。
鮮魚店「ドウ・ドルファイン」
オランダ人に人気があるのは「ニシン」塩漬けにされたニシンをそのまま「生」で食べる。
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薬局「ファン・ピッへ」
人形は薬局のマーク
人形が口を開けているのは昔、病気を舌👅で調べていた為。
薬剤師が病気の症状を聞いて薬剤を調合してくれる。
昔ながらの薬屋で棚には生薬がいっぱい。黒い錠剤のようなものは「ニコリス」という薬草の入った「飴」のようなもので名前は「ドロップ」と言い、ドロップはオランダから日本に伝えられたもので、もともとは薬であった。
味はニコリスが強く、日本人には馴染み難い味。
ニコリスには解毒作用が有り胃腸の病気に効果が有るとされている。
ドロップは日本に伝わると何故か甘いお菓子になった。
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ハーレム周辺はチューリップ🌷の産地として知られている。
「キューケンホフ公園」3月から5月にかけて花の開花時期のみ開園される。チューリップ、水仙、ヒヤシンス等、その数は約700万株。
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ベルギー&オランダの旅③

オランダ、ハーレム
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ブリュッセル南郊外の「パヨッテンランド」べーセル城🏰13世紀にブリュッセルを守る城塞として建てられ見張り台として使われていた3つの塔。
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グラーヴェンホフ城は17世紀に男爵がゲストハウスとして建てた城。
今ではレストランとホテルに改装されている。
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シント・ピータース・レーウは
数十軒の民家が並ぶ小さな街。
ベルギーでは有名で誰もが訪れるという城、コロマ城が有る。
16世紀に貴族の館として建てられた。この城の名物は庭園に造られたバラ🌹園、3,000種、30万本のバラを観る事が出来る。
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「オランダ」
北海に面したオランダ西部の州スタッホランドの州都「ハーレム」
人口約15万人、歴史は古く13世紀に都市として認められた由緒ある街。
街の中央を流れるスパールネ川はオランダの中央部と北海を結ぶ海運の大動脈だった。
ハーレムはこの川と共に発展した。
街の主要な建物が並ぶマルクト広場、市庁舎。この建物は14世紀にこの地方を治めていたホランド伯爵の屋敷として建てられたもの。
伯爵が使っていたとされる部屋は現在市の式典や結婚式等に使われている。
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ホランド伯ヴレム二世、オランダと言う国名で呼ぶのは日本だけ。
ホランド伯爵が語源となっている。
江戸時代の通商を通して呼ばれるようになった。
オランダ語では「ネーデルランド
ホランド地方が一番栄えていた為、オランダ全体をホランドとして呼ぶようになった。
川に架かる橋はハネ橋、回転橋等
全て舟が通れるように工夫がされている。
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