ケンケンの夢飛行

シッペイです。性別-男。特徴-食いしん坊。趣味-街めぐり、スポーツ観戦。誕生日1月20日。友達のジュビロ君。仕事は市やチームのPR☺

フランス(アルザス地方)の旅1️⃣

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フランス北東部アルザス地方、東京都の4倍程の面積におよそ170万人が暮らしている。
最初にフランス領になったのは1648年、ドイツとの国境にあり幾度となく国が入れ替わったので、文化もそれぞれのものが残っている。
アルザス地方の玄関口、ストラスブールの街。
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ストラスブールとは街道の街を意味する。
中世には交通の要衝として繁栄した。
グランディルと呼ばれる旧市街の中世の街並みは1988年世界遺産に登録された。
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ストラスブール大聖堂、完成したのは15世紀。高く伸びた塔にはゴシック様式の特徴が見てとれる。
外壁がバラ色になっているのは地元産の砂岩を使っている。
これはドイツのドレスデンの街並の建て物と同じ。
門の彫刻は、その繊細さから石のレース編みと呼ばれている。
18世紀のフランス革命時にかなり損傷を受け、現在のものは20世紀に修復されたもの。

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聖堂の正面のステンドグラスは第二次世界大戦で破壊されたが、1956年に寄贈されたものが設置されている。
街の守護聖人である聖母マリアが描かれている。
マリアの頭上にはヨーロッパを表す星の輪が描かれている。
19世紀に完成した天文時計は高さ18m、毎日12時30分になるとからくり時計が動き出す。

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スペインの旅(カスティーリャ.イ.レオン地方)

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スペイン中央部に広がる草原地帯、カスティーリャ.イ.レオン地方のセゴビアからアビラまでの豊穣の台地(メセタ)を行きます。

マドリッドから北西へ20km程にセゴビア(標高約1,000m)2000年の歴史を持つ町はローマ時代の遺跡と共に1985年世界遺産に登録された。
かつてケルト人の土地だったこの地に古代ローマの町が築かれたのは紀元1世紀のこと。
セゴビアのカテドラルは16世紀の着工から完成まで200年を要した。
古代ローマのロマネスク様式の特徴も見てとれる。
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アルカサルの意味は「古い城」でレコンキスタイスラムの統治世界からキリスト教世界の国への奪還の戦い)の頃、築かれた。
レコンキスタの後のイベリア半島は大きくは2つの勢力に分断されていた。
その中のカスティーリャ王国のイサベル王妃とアラゴン王国の王子フェルナンドが1469年に結婚して統一されスペインとなった。

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19世紀に起きた火災によってアルカサルは天井や壁の多くの部分を損失した。又、スペイン内戦により長い間放置されていたが、近年やっと修復の手が付けられるようになった。

紀元1世紀頃17km先から水を引く為水道橋が建設された。
最大高さ23m、長さ770mの水道橋は2000年前の形をそのまま残している。
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レストラン「ホセ.マリア」人気メニューは子豚の丸焼き、生後3週間以内の子豚を200℃の釜で焼き上げる。イベリコ豚、
柔らかく焼き上げる。包丁ではなく皿で肉を切ってみせる。
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マドリッドから北西へ約100km、
標高1,100mの高原に11世紀の古い町、アビラがある。
アビラの旧市街と塁壁の外の教会群は1985年に世界遺産に登録された。
町を囲む壁は全長2,500m、見張りの為の塔が88箇所、旧市街への出入り口の門が9箇所ある。
最初に壁が築かれたのは古代ローマ時代、中世になって高く積み上げられ増築された。
その区分けは石の組み合わせ方で見分けられる。城壁の増築に携わったのはレコンキスタで敗れたイスラム教徒の奴隷達だった。
城壁の中には身分の高い人達が暮らしていた。王族や貴族を中心に聖職者やユダヤの商人達であった。最盛期、城壁の中には13,000人の人達が暮らしていた。

アビラのカテドラル
サンタ.テレサ修道院
(聖サンタ.テレサ1515年~1582年アビラで生まれた)
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バリャドリッド
16世紀から17世紀にかけてスペイン王国の首都が置かれていた。
ビスエルガ川がある。
1605年に出版された「ドン.キホーテ」の作者ミゲル.デ.セルバンテスは1603年~1609年にかけて、この町で暮らした。
200年前に建設されたカスティーリャ運河、
全長207km。起点がバリャドリッド
周囲に穀物倉庫があり、田園風景が広がる。

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ペーニャフイエル村、ワインの産地。
10世紀に建てられたベーニャビエル城
コロンブス博物館がある。
コロンブスバリャドリッドの町で1506年
最後を迎えた。🙇

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世界夢列車に乗って❗「ブルガリア」の旅

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首都ソフィアから黒海沿岸のヴァルナ迄400km余りの道のりを巡る予定でしたが
放映の都合上、途中の薔薇🌹の谷「カザンラック」までとなります。

首都ソフィアは標高550m
アレクサンドル.ネフスキー大聖堂は信仰の中心、ドームの高さ60m。
市場は街の中心部に位置する。量と種類、品質は農業国ブルガリアならではである。

街中には温泉も湧き出ていて、ミネラル豊富で飲むことができる。容器を携えて訪れる人も多い。

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ソフィア中央駅から旅は始まる。
1日平均160本以上の列車が発着するブルガリア最大のターミナル駅
2007年から導入されたローカル列車(中、短距離路線のライトトレイン)
出発から約2時間で最初の目的地コプリフシティツァに到着。

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どこよりもブルガリアらしい町、一歩足を踏み入れると、おとぎ話の世界へ迷い込んだような錯覚に陥る。
19世紀の面影を残す様々な古民家。そのうちの6軒程がハウスミュージアムとして一般公開されている。
西洋と東洋を合わせ持った不思議な空間。
ハウスミュージアム「リュトヴァ.クシュタ」は毛織物で財をなした豪商の館。
今では毛織物の伝統を受け継ぐ者が絶え、それは失われてしまった。
現在の技術をもってしても再現は出来ないという。
昔から変わらない生活文化も此所には息づいている。

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此処からは昔からの機関車に引っ張られた1両編成のローカル列車に乗り継いで「カザンラック」を目指す。
途中の「カルロボ駅」て列車を乗り継ぐ。
機関車は1970年代から40年以上も動き続けている現役。
カルロボから約1時間15分で薔薇🌹の里カザンラックに到着。

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薔薇を加工する時に使う「銅の釜」を意味するのが「カザンラック」
ブルガリアの重要な産業の一つになっている。薔薇の栽培から加工~製品作りは世界の天然バラ香料の70%を産出している。
その中心がカザンラック
シーズンになると小ぶりのピンクのバラが一斉に咲きほこる。
これは観賞用ではなく、強い香りを持ち香料として徴用される。
「ダマックローズ」と呼ばれる品種。
ダマスツェーナ.ローズオイル蒸留所
薔薇祭りも行われている。
最近話題となった「黄金のマスク」が発掘されたトラキア人の墳墓(2300年前のもの)が展示されている。
1979年にユネスコ文化遺産に登録された。

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ベルギー(ブリュッセル)紀行7️⃣

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ブリュッセルに戻って来た。
毎年7月初旬にグランプラスで「オメガング」と呼ばれるベルギー最大級の祭りが繰り広げられる。
「オメガング」とはぐるりと歩く🚶‍♂️という意味。

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中世にタイムスリップしたかのような豪華絢爛な錦絵巻のような祭典が始まるのは夜9時。
16世紀この地の統治者だったハプスブルグ家の神聖ローマ皇帝、カール5世が皇太子を連れて、この地を訪れた時、市民が歓迎を込めて行った行列に由来する。
開始時刻近くになると市民が当時の装束を身に着けて集まって来る。
広場で貴族に扮しているのは本物のベルギー貴族の人達。子供達は後を継ぐ将来の貴族。
総勢1,400人程が出場する。

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カール5世が馬車で入場して来る(カール5世は現在のベルギーで生まれている)ハプスブルグ家の支配地域が広いので生まれ故郷にはほとんど留まる事はなかったが、高年、長男のフェリペをネーデルランド(オランダ)の君主とし、その儀式を1549年ブリュッセルで行った。
その歴史を再現した祭りとなっている。
カール5世を演じているのは本物の公爵。
フェリペ2世も本物の貴族。
祭りもクライマックスになるとギルドの親方達も出てきて、中には3mにもなる竹馬に乗った軍団が出てくる。竹馬文化は14世紀から続く伝統を誇る。
竹馬騎馬戦が開始される。
竹馬に乗ったまま相手を竹馬から落とす。
この祭りが貴族同志の社交場ともなっていて、此所で知り合って結婚に至る貴族もいるそうです。

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ベルギー(ワロン地方の旅)紀行6️⃣

「トゥルネー」はベルギー、ワロン地方、最西端の町。
古代ローマ時代に築かれた歴史と文化遺産の町、ベルギー最古の町とも言われている。
フランク王国最初の首都となった。
ベルギーで最も古い鐘楼「トゥルネーの鐘楼」高さ72m、12世紀に教会ではなく、市民が建てた。
ユネスコ世界遺産に登録された。
もう1つの世界遺産、トゥルネーの「ノートルダム大聖堂」5つの塔を持つ、塔の高さは83m、建て物の長さは134m、幅66m。

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此所でフランク王国初代の国王「クロビス一世?」が産まれたのでフランス発祥の地とも言われている。
かつての城壁がエスコ川に架かる橋として残っている。
敵が来た時、橋の上から砂を落として川を埋めた。
今でも3,000tonの船が通れる。

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「モンス」人口、約93,000人、ワロン地方の文化市に指定されている。
ユネスコに登録された無形文化遺産の祭りが開催される。
「聖ウォードリュ参事会教会」14世紀にペストが大流行した時、ペスト根絶を祈願して聖ウォードリュ(女性)の遺骨を納めた遺物箱を掲げて街を回ったら奇跡が起きた。
ル.ドゥドゥ(モンスの守護聖人祭り)の始まりとなった。
年に一度遺物箱が祭壇から降ろされ黄金の馬車と呼ばれる「山車」に乗って街に出る。
馬車と呼ばれているが、馬で引くのではなく、市民の手で引き回される。
修道院などの60ものグループが中世の装束を身に纏って聖母子像等を掲げて町を練り歩く。

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儀式が終わると怪物ドラゴンの「張りぼて」が現れドラゴンの尻尾の毛(馬の毛を使っている)をむしり取る。取った人は幸運を呼ぶと言い伝えられている。
馬に乗った騎士「聖ジョルジュ」が現れる。
守護聖人として崇拝されている)「聖ジョルジュ」と「ドラゴン」が戦う「リュムソンの戦い」、悪を退治する英雄伝説がこの祭りに加えられた。
ドラゴンの尻尾の毛をむしり取る為に競いあう。「毛」は一年間幸運に包まれると信じられている。
上半身裸になるのは、掴みあいで服を破られない為。

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ベルギー(ワロン地方の旅)紀行5️⃣

「トルニー」はベルギー最南端の村、人口約300人、フランスとの国境沿いにある。
目と鼻の先の隣村はフランスのロブロア村、ベルギーのプロバンスと呼ばれる。ベルギーの中でも温暖な地方、家々に花が飾られている。今でも村の中心に洗濯場の建物が有り、山からふんだんな水量を引いている。

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ワインの醸造所がある。
村が経営するワインセラー「ポワリエ.デュ.ルー」
5種類の葡萄を栽培している。
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フランスとの国境に沿って北西に45km行くと歴史の街「ブイヨン」がある。
エルサレム奪還を目指した十字軍出発の地、
スモア川沿いの上にブイヨン城がある。
中世の面影を最も良く残している城と呼ばれている。
大きく湾曲するスモア川に囲まれた岩山を崩して建てた城。
11世紀第一回十字軍の総大将となったのが当時の城主「ゴドブロア.ド.ブイヨン」
ヨーロッパ各地から集まった兵力は合わせて60万人となった。
ブイヨンを出発して半年後にコンスタンチノープル(トルコ)、その後イスラム勢力と戦闘を繰り広げながら2年半をかけて1099年エルサレムを奪還した。
城は遠征費用を稼ぐ為、売り渡した。
ブイヨンはエルサレムの王となった。
1年後にはエルサレムで死に、そこに埋葬された。
ゴドブロアの母がエルサレムに建てられた息子の十字架を持ち帰るように頼み、今でも
ブイヨン城にその残骸が保管されている。

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ベルギー(ワロン地方の旅)紀行4️⃣

「スパ」はリエージュから南東に40km、日本では温泉の意味で使われているスパと言う語源になった町だが実際は温泉ではなくミネラル分をたっぷり含んだ豊かな泉の町。
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ローマ時代から知られ、16世紀には高級リゾートとして知られるようになった。
「テルム.ド.スパ」
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今は温かくしているが、昔は冷泉を飲んで医療用としているのが主流だった。
「ジェロンステールの泉」
鉄分や硫黄を含み保湿効果がある。
1717年戦争の最中、ロシアのピョートル大帝がスパに立ち寄り、この泉の水を飲み続けて体調を回復させたことでスパの評判が高まった。
「トヌレの泉」鉄分や炭酸水を含んでいて消化器官に良いとされる。
強い成分が含まれていないので赤ちゃんや子供も飲めるのでミネラルウォーターとして販売されている。

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シャトーホテル「マノワール.ド.レビオル」
20世紀初頭に建設された。

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「デュルビュイ」
世界一小さな町。
ウルト渓谷にすっぽりと囲まれ、こじんまりとまとまったこの集落は14世紀、ボスニア王であるルクセンブルク伯爵だったジャンド.ボエニによって町と認定された。
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デュルビュイ城はウルト川沿いに9世紀に築城されたが破壊と再建を繰り返し、19世紀に改修された。
端から端まで歩いても10分の町、蔦の絡まる石造りの家と石畳の小道を歩くと中世にタイムスリップしたような雰囲気。
絵本のような世界に迷い込んだ感じになる。

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「ル.サングリエ.デ.アルデンヌ」
日本の皇太子(今の天皇、夫婦も来たことのあるレストラン。
日本人の料理人が居る。
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オルヴァル
ビールの醸造所がある。

オルヴァル修道院、現在15人の修道士が暮らしている。
1948年に再建された新しい建物。
フランス革命の余波を受けて、かつての旧修道院は破壊された。
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再建に力を貸したのがビールの醸造所であった。昔からキリスト教修道院ではパン、チーズ、ワインなど食用のものを自ら造り、自給自足していた。

葡萄🍇栽培に向かないベルギーではワインの代わりにビールを醸造した。
現在、修道院でビール🍺を醸造しているのは7箇所、そのうちの6箇所がベルギーの修道院
ビールの瓶の栓をする直前にポップを加えるなど独特の製法で作られている。
オルヴァルビールは聖杯型のグラスで飲むのが一般的。フルーティーな香りと苦みの味が生かされたビール。
アルコール度数6.2度、辛口ビール。
ジョッキ🍺で飲む生ビールのように喉越しを楽しむのではなく、じっくりと深い味わいを楽しむビールである。