ケンケンの夢飛行

シッペイです。性別-男。特徴-食いしん坊。趣味-街めぐり、スポーツ観戦。誕生日1月20日。友達のジュビロ君。仕事は市やチームのPR☺

ここでちょっとブレークタイム☺️

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現在、中欧を巡る旅の途中で、丁度ハイライトの良い所にさしかかっているのですが、ここでちょっと一休み‼️

先々週になりますが、家内と義兄夫婦、義姉の5人で豊橋近辺をドライブ🚗💨しました。
以前、テニス仲間のTさんから頂いた事がある「香月堂」というメーカーのケーキがあります。いつも「アウトレット品」を廉価で販売しているそうです。
義兄夫婦は毎月2回ほど、これを買い求めに豊橋(豊川の方が近いか?)まで行くそうです。
今回はこれを買うのが主目的のドライブとなりました。
まずは義姉の家から国道1号線や海岸沿いのバイパスを通らず、浜名湖「花の博覧会」が行われた所を通り、競艇場の横を通って鷲津に入り、新所原を抜けて二川駅近くの園芸屋さん「ガーデン.ガーデン」に寄って水草の布袋葵を少し買った。ガーデン内をゆっくり花木や陶器(鉢、人形、置物)を見て回ってから国道1号線に出て豊橋に向かった。途中から豊川方向に向きを変え、「豊川稲荷」に行く事になった。
豊川稲荷」周辺の商店街で店を利用すると一時間は無料の駐車場🅿️を義兄が知っていたのでそこを利用し、「稲荷様」を参拝してから昼食をとりました。
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参拝中に義兄曰く「豊川稲荷」は「神社」❔か
「寺」❓かと言いだし、私は周りを見て表記や立て看板を探していたら「豊川閣妙厳寺略縁起」というパンフレットのプリント紙が置いてありました。これを見て「ああ、お寺か❗」と思いましたが、周囲の外観はどう見ても神社っぽいし、「お稲荷様」と呼ばれているくらいだから「神社」の説も捨てられないし、お寺にしてはお墓(墓地)が見つからない。神社的⛩️鳥居はあるも、お寺式山門も見受けられる。
そこで義兄が「社務所」に聞きに行きました。
そこで言われたのが「神社の雰囲気はあるけれども基本は『お寺』です」という事でした。
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ここで良く判るように『略縁起』を記載してみましょう☺️
『豊川閣妙厳寺略縁起』
1441年(室町時代前期、嘉吉元年)旧暦11月22日、永平寺御開山道元禅師の法嗣、(仏法の系統)寒厳義尹禅師から六代目の法孫、東海義易禅師により、曹洞宗の寺として開創された。
本尊は寒厳禅師伝来の千手観音菩薩であり、鎮守として同師が感得された自作の通称豊川稲荷で親しまれる、豊川だき尼真天を祀っております。寒厳禅師が1264年(鎌倉時代中期、文永元年)求法(修行)のため入宋し、1267年帰国の折り、乗船中、妙相端麗、稲穂を荷い、宝珠を捧げ、白狐に跨がるお姿の霊神が海上に現れ、御神示賜りました。禅師は深く感動され、帰国の後、示現のお姿を手ずから刻まれ、終生守護の善神として祀られました。これより後に法孫、東海義易禅師が、この豊川の地に円福山妙厳寺を開創され遷座いたしました。
その後、幾多の霊験を現され、福徳を授け抜苦与楽の神として、広く人々に信仰されてまいりました。又、当寺開基の今川義元公を始め、織田信長豊臣秀吉九鬼嘉隆徳川家康大岡忠相渡辺崋山、近世においては有栖川宮家等諸公も熱心な信仰者であり、殊に有栖川宮家より「豊川閣」の篇額を寄進いただいたことから、当山を豊川閣とも呼称するようになりました。全国各地に別院を置き、至るところに分霊も奉祀されております。大岡忠相公が生涯の守護神とされた尊像は、今日、東京赤坂別院に奉祀されております。現在境内は約34,900坪、伽藍は大小100余り有り全国の人々のご信仰の霊地となっております。
豊川だき尼真天の御神示の中にある「おん尸羅婆た尼りうんそ婆訶」を要約すると「この神咒(呪文)を唱える時は、わが信心は何処までも通じて正しき戒力により悪事災難は除かれて、福徳智慧を賜り、苦を抜いて楽となし、悲しみを転じて喜びとなすことが必ず成就する」という意味であります。この神咒こそ豊川だき尼真天の生命であり、精神であり、誓願であります。
以上が略縁起の内容ですが、ほとんど仏法的な内容に見受けました。

昼食を済ませてから目的の「香月堂アウトレット」に行きました。豊川と豊橋の間ですが、豊川の方が近いかな⁉️東名高速の豊川ICへ行く道路沿いにあります。
毎日やっているそうですが、開店は2時からだそうです。混み合う事も多く、待合所もありました。アウトレットという事もあり、(味は変わらないと思いますが………)値段はかなり安く買い得かな❗ただ、質感、食感、味は人それぞれ好みがあると思いますから…………
帰りは豊橋に入り国道1号線を行くと思いきや、豊鉄渥美線に沿って259号線をそのまま南へ直進し23号線バイパスに乗ることになりました。かなり南へ戻った(西行きの感覚)感じがした。出た所は大崎ICで、ここはテニスで田原運動公園に来る時利用するICでした。あとはバイパス、勝手知ったる道路で新たに開店した「道の駅豊橋」にも寄りました。
野菜や花、果物はかなり安い💴⤵️スーパーの半額感覚❗魚や肉はスーパーと変わらず。
「汐見坂の道の駅」には寄らずバイパスを浜松方面上って帰りましたが、結局、豊橋から国道1号線をそのまま東進して来たらはるかに近道だったのではなかったか?⤵️と思いました。

長くなりましたが、ここでもう一つ飛び入りで別の話‼️
旅行する時写真を撮る為、持って行く「カメラ📷」「デジカメ」と「一眼レフ」
海外旅行に行っていた頃、まだスマートフォンはなかったので、家内は携帯型デジカメ、私は一眼レフでレンズは標準の18mm~55mmを装着して、交換レンズとして100mm~300mmのズーム望遠レンズを持って行っていました。
携帯型のデジカメより(現在は起動が早くて進歩しているのか?)一眼レフの方がシャッターチャンスを捉え易いので使い易く感じていました。
今ではスマートフォンでも十分かな⁉️

シェーンブルン宮殿
標準レンズの時
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300mm望遠レンズを使った時
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同じ所から撮ったものです。

今日の文章は小学生の絵日記のようですみません🙇

中欧10間の旅その6(世界遺産パンノンハルマ)

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4日目、🇦🇹オーストリアを離れ🇭🇺ハンガリーに入ります。
高速道路を通ってバスの車窓から
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ウィーンから約136kmバス🚌で向かいます。ハンガリー西部の世界遺産パンノンハルマ観光です。
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聖マルトンの丘に立つパンノンハルマ修道院ハンガリーで唯一残るベネディクト派の修道院で、現在でも修道士が生活をしています。
イシュトヴァーン1世の下で、ボヘミア地方より修道僧を招いて996年に創設され、布教の拠点として重要な役割を果たした。
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修道院の建て物は19世紀まで何度も増改築を経て現在の形となった。
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古文書館には30万冊以上の蔵書が書棚を埋め尽くしている。
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ハンガリーの基本情報として❗
面積は93,000平方キロメートル
人口は約1,000万人
公用語ハンガリー語(マジャル語)
宗教、カトリック52%、カルビン派16%
時差、日本より8時間遅れ

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ハンガリーの歴史❗
896年
マジャル民族アールパードがハンガリー
に移住
955年
アールパード朝がザクセン朝のオットー1世に惨敗、ハンガリーに定住する
975年
アールパード朝のゲーザがキリスト教に改宗
1000年
イシュトヴァーン1世がローマ教皇から王冠👑を授与ハンガリー王国誕生
1458年
マーチャーシュ王即位
1526年
モハーチの戦いでオスマントルコ軍に敗れる国土がトルコ占領地、トルコ保護区、ハプスブルグ家の支配地に3分割される
1699年
オーストリアがトルコ軍を撤退させ、ハンガリーを支配
1703年
ラーコーツィ.フェレンツ二世によるオーストリアからの解放戦争が起こる(~1711年)
1848年
コシュート.ラヨシュによる独立運動が起りハンガリー独立内閣が発足
1849年
革命軍がオーストリア皇帝軍に敗れ、オーストリア支配下に置かれる
1867年
オーストリア=ハンガリー二重帝国発足
1873年
オーブダ、ブダ、ペストの3市が統合。ブダペストが首都になる
1918年
二重帝国解体
1919年
ハンガリー.ソビエト政権誕生
1920年
ハンガリー王国成立
1940年
日独伊三国軍事同盟に加盟
1944年
ドイツ軍に占領される
1945年
ソ連軍によって解放される
1946年
王政廃止
1949年
社会主義国家のハンガリー民共和国が成立
1953年
ナジ.イレムが首相に就任
1956年
ハンガリー動乱が勃発。ソ連軍の武力介入で鎮圧
1968年
市場経済論理の導入
1989年
民主フォーラム結成。プロレタリア独裁戦争が崩壊。国名をハンガリー共和国に変更
1990年
自由選挙で民主フォーラムが第一党になる
1991年
チェコ.スロバキア.ポーランドとヴィシェグラード.グループに加盟
1999年
NATO北大西洋条約機構に加盟
2004年
EUに加盟

昼食は麓の村の小さなレストランにて川魚料理でした。
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添乗員のお姉さんとバスの運転手さんです。
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昼食後の一休み‼️
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何だかわかりません❔
鷲のような銅像が建っていました。
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パンノンハルマ観光の後はハンガリーの首都ブダペストに向かいます。
今回のツアーのメインの一つでもあります。
約240kmの道のりです🍀

心躍る旅中欧10日間その5(ウィーン)

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シェーンブルン宮殿見学の後はウィーン市街散策。
王宮、シュテファン寺院、市内電車🚃(トラム)乗車(15分間)
昼食はソーセージ料理、昼食後は自由行動。
「王宮」
13世紀後半~20世紀初頭迄600年にわたり、ハプスブルグ家が居城としてきた王宮。13世紀~18世紀に建てられた旧王宮と19世紀~20世紀建てられた新王宮から成り立っている。部屋数は2500以上あり、見学出来るのはごく一部。
フランツヨーゼフ一世の部屋だった皇帝の間や膨大な食器が並ぶ銀器コレクションなどがハイライト。
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「シュテファン寺院」
旧市街のほぼ中央に位置するウィーンのシンボル的存在。
モザイク模様の美しい屋根は5万枚ものタイルを使っていて、ウィーン市の紋章が描かれている。
シュテファン寺院は1147年にロマネスク様式の大聖堂として完成したが14世紀、ルドルフ4世の時代にゴシック様式に建て替えられた。
2つの高い尖塔があるが高さ137mの南塔は1433年の完成。高さ60mの北塔は1579年に完成した。
南塔は343段の階段で上に登る事ができ、北塔はエレベーターで登ることができる。
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「トラム」
1回券1.7ユーロ。(車内で買うと2.2ユーロ)
停留所で停車時にドアの横の点灯している赤いボタンを押すとドアが開く。乗車したら切符🎫を刻印機に通す。
降りる時はドア横の停車リクエストボタンを押す。ウィーンは1番線が内回り(時計回り)2番線が外回り。
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「中央墓地」
ウィーンで活躍した世界的に名声のある音楽家達が埋葬されている。広大な墓地だが、最も有名なのは比較的入り口に近い32Aという区画で、ルートヴィヒ.ファン.ベートーベン。
フランツ.シューベルト
ヨハン.シュトラウス父子。
ブラームス。ヨーゼフ.ハイドン
ヴォルフガング.アマデウス.モーツァルトは1791年に亡くなったとき、マルクス墓地の共同墓穴へ埋葬された。墓穴の正確な位置はわからないが、推定される場所に20世紀になって記念碑が建てられた。
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「ケルントナー通り」
シュテファン広場から南へ続く歩行者専用道路ウィーンで最も賑やかな通り。
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自由行動はほとんどの人が「ケルントナー通り」を散策。ショッピングやお茶☕タイムである。お土産にシシィの砂糖漬け菓子(フランツヨーゼフの后妃エリザベートの愛称、シシィ)
ザッハーチョコや紅茶。等等
有名なザッハーホテル1階のカフェ、ザッハーに入る。
ザッハートルテと紅茶をセットで注文。
紅茶はポットで出てくるので一人前でよかったのに❗(カップは2つ出てくるから二人で……)セットで1人前10ユーロ(1,500円位)ちょっと高いか?(トルテは1/8カット)(ショートケーキくらいか❗)
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細い通りを抜けてレストラン🍴🍝に向かう。
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夕飯はシュニッェル(子牛でなく豚肉を叩いて延ばし油で揚げた)(日本のカツ?)18時40分
夕飯🌃🍴後「ウィーン.レジデンツ.オーケストラコンサート」観賞(1時間)20時15分
演奏中は写真撮影📷禁止🈲‼️
入場前にロビーでワインが振る舞われる。
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夜🌃✨暗くなったのでバス🚌でホテル🏨に戻る。
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ホテル着22時30分

あと適当に街の建て物やトラム内、フィアカー(案内付き観光馬車、4人乗りが基本)
1時間95ユーロが目安。
等、撮った写真を載せます🙇
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中欧10間の旅その4(シェーンブルン宮殿)

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3日目、6月28日、晴れ、気温32℃~34℃、ウィーン歴史地区観光。
午前中はウィーン郊外の「シェーンブルン宮殿」の見学です。ウィーン中央駅より南西へ6.5km位の所にあります。
ハプスブルグ家の夏の離宮として17世紀末にレオポルト一世の命により造営が始まり、マリア.テレジアの時代に完成した。
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バロックの巨匠、フィッシャー.フォン.エアラッハによる大宮殿。
丘の上に宮殿を建てようとしたが工費の面から没になった。その丘にはマリアテレジアが好んで休息したグロリエッテが建っている。
17世紀初めマティアス皇帝が当時この地の狩りの城の森で美しい泉を発見したので、これに由来している「美しい泉」という意味です。
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外壁の色はマリアテレジアが好んだ、マリアテレジアンイエローで統一されている。
部屋の総数は1441。
ボヘミアングラスのシャンデリアや金箔の漆喰など内部の装飾がまばゆい。
フランツ.ヨーゼフ一世の執務室や大ギャラリー等も見所がある。
庭園の総面積は1.7平方キロメートル(東京ドーム36個分)動物園や迷路式の庭園も敷地内にある。

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宮殿見学は27室までを廻るインペリアルツアーと39室を廻るグランドツアーがある。
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我々はグランドツアーもインペリアルツアーもなく、外観を眺め、庭園の一部を散策するのみであったが、インペリアルツアーについて内容を紹介すると、最初に訪れるのはフランツヨーゼフ皇帝夫妻が使っていた宮殿西翼部分第4室皇帝の書斎や第5室の寝室、第10室エリザベート后妃のサロン等があり、新婚の1年間だけ使われたという第9室夫妻共同の寝室もある。
12a室「エリザベート后妃の浴室」ではシャワーまである大理石のバスタブが置かれている。
小部屋のひとつには第11室「マリーアントワネット」の部屋もある。
幼いモーツァルトがマリアテレジアの前でピアノを弾いた第16室「鏡の間」は美しいサロン。
幅10m、長さ40m.もある第21室「大ギャラリー」はマリアテレジアの時代に祝賀行事用にホールとして造られた。大ギャラリーの奥(庭園側)に第22室小ギャラリーがあり、その両サイドには第23室中国の丸い小部屋があり、マリアテレジアの大きな肖像画が掲げられた第27室「祝賀の間」でインペリアルツアーは終わり。
その先はグランドツアーのチケット🎫が無いと入れない。

これで「シェーンブルン宮殿」の紹介は終わりです🍀
午後は「ウィーン市街」見学と自由行動の時間となります。

心躍る旅中欧10日間その3(ハルシュタット)

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2日目ザルツブルク市内見物の後、昼食は魚料理でした。
その後13時15分ハルシュタットに向けて出発、バス🚌で約80kmの旅です。
途中、モーツァルトの母親の故郷、ザルツカマグートを通過して行きます。
ザルツブルク周辺一帯に広がる山岳地帯はザルツカマグート(塩の領地)と呼ばれる景勝地ハルシュタットはこのザルツカマグートの領域に含まれる。
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ハルシュタットハルシュタット湖畔にあり世界遺産に登録されている美しい町。
狭まった岸壁にへばり着くように開け、紀元前3,000年頃から岩塩が採掘されるようになった。現在も塩が採掘され、岩塩坑が見学できる。
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ハルシュタットは約1時間の散策で16時にバス🚌はウィーンに向けて出発します。
約289kmで4時間かかります。
ウィーンのホテル🏨到着は20時で夕飯は20時40分~21時30分でした。
メインはチキン料理でドリンクはオレンジ🍊ジュース🍹2杯で7ユーロでした。(約1,100円)
ホテルはNHダニーブシティでした。
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お休みなさい🙇

中欧10日間の旅その2(ザルツブルク)

ホーエンザルツブルク城
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今日はミュンヘンを出発してザルツブルクに行きます。ミュンヘンからザルツブルクまで約197km、バス🚌の旅です。
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古代ローマ時代から岩塩が採れ、ザルツブルク(塩の城)と名付けられた。
塩の貿易で古来より栄えてきたザルツブルクは、アルプスの山々を背景にザルツァッハ川が流れる美しい町。イタリアとの繋がりが深かった大司教によって、壮麗なイタリア風建築が数多く建てられた。モーツァルトの生まれ故郷としても知られ、7月に行われる音楽祭は世界有数の規模を誇る。
ザルツブルク音楽祭は、詩人ホフマンスタール、作曲家リヒャルト.ストラウス、演出家マックス.ラインハルトらによって企画された。モーツァルトの作品に捧げる音楽祭で1920年に始まった。フルトヴェングラートスカニーニワルターベームといったメンバーが指揮をとって話題を呼び、すっかり定着した。毎年7月下旬から8月末にかけて祝祭劇場をはじめ、州立劇場やミラベル宮殿などで開催される。演目はモーツァルトに限らず、有名なクラッシック音楽が演奏される。カラヤンが30年以上も指揮をしたことはよく知られている。
ザルツブルクはザルツァッハ川を挟んで左岸に旧市街、右岸に新市街が広がっている。旧市街の歴史地区は世界遺産に登録されている。
最初に向かったのは「ミラベル庭園」で映画「サウンド、オブ、ミュージック」の舞台としても有名。
大司教ヴォルフ.ディートリヒは17世紀初め、愛人サロメ.アルトの為に、ここにアルテナウ宮を建てた。彼女は商人の娘で大司教との間に15人の子供をもうけた。絶大な権力を握っていた当時の聖職者の横顔が伺える。ディートリヒ失脚後、サロメ.アルトは城を追われ、以後宮殿は大司教離宮となった。
アルテナウ宮は18世紀初め名建築家ヒルデブラントが手を加え大きな宮殿となり、ミラベル宮殿と称されるようになった。宮殿は19世紀に火災に遭い、その後現在のように復元されて1950年以降は市庁舎になっている。
2階にある「大理石の間」ではかつてモーツァルト一家が演奏していた部屋だそうです。
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ミラベル宮殿の後はザルツブルク市内見物で「モーツァルトの生家」を見たりしました。
旧市街の賑やかな通り「ゲトライガッセ」に有ります。
モーツァルトが生まれた4階の部屋は「博物館」になっています。直筆の楽譜や書簡、使用した楽器などが飾られています。
モーツァルトの生家(黄色の建物)
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カメラ.アイとして😅
カフェ☕やレストラン🍴、ショップが並ぶゲトライガッセは旧市街の賑やかな通り。南側を山に、北側を川に挟まれた旧市街は東西に広がって発展しゲトライガッセが出来上がった。
細長い通りには5.6階建ての館がぎっしり並び、ほとんどが商店になっている。通りの頭上を埋め尽くしているのが鉄細工の突きだし看板です。文字の読めない人にも何を扱う店かわかってもらうために、店毎にアイデアをいっぱい詰め込んだ芸術品のような看板が出来上がっている。
現在では、実際の店の内容と関連性の無いものもあるが通りの端迄続く看板ウォッチングは思わぬ発見があって面白い。

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エーデルワイスの花も売っていました。
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ザルツァッハ川
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ザルツブルクの土産📦✈️
オーストリアで人気のモーツァルト、クーゲル(チョコレート)はザルツブルクが発祥の地で、カフェ、フュルストのクーゲルがオリジナル。岩塩は味が良いので土産に最適。

午後は「ハルシュタット湖」に向かいます❗

心躍る旅中欧10日間

ハンガリー🇭🇺の首都「ブダペストドナウ川を挟んだペスト地区方面国会議事堂側
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もう、7年前になります。
2012年6月26日~7月5日10日間の中欧州旅行✈️を紹介します。
ヨーロッパの旅行としては最後になっていますが、つい先日のように各所の情景が浮かんできます。
ヨーロッパはどこも観る所が多く、感動的で素晴らしいですが、今回紹介する中欧は特におすすめの海外旅行です。
燃油サーチャージ込み」ルフトハンザドイツ航空往復直行便で行く❗
10日間の旅行です。
出発は成田空港南ウイングより12時40分離陸です。
ミュンヘン到着は現地時間で17時45分(日本時間では6月27日の午前1時頃)
ホテル🏨へ直行です。ミュンヘンの少し郊外の「アジミュート、シティオスト」と言うホテルでした。
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ワインがサービスで付いていました。
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今日は日本で起床してから20時間位経過していて疲れ気味❗でも時差もあってか?よく眠れません‼️
お休みなさい😱
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明日は🇦🇹オーストリアの「ザルツブルクモーツァルトに逢いに行きましょう❗